【泡盛の歴史】沖縄県民に愛される戦火を乗り越えた古酒

今回はこの泡盛の誕生から原料に外国のお米を使う謎、そして現在に至るまでの泡盛の歴史を駆け足で紹介しました。この記事を読めばきっと泡盛の歴史を知り、泡盛を飲むのがまた一段とおいしく感じられるのではないでしょうか。

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【泡盛の歴史】沖縄県民に愛される戦火を乗り越えた古酒

沖縄の伝統的なお酒といえば、やっぱり”泡盛”ですよね。

島ごとに味わいが異なり、各地域のアイデンティティを表現していると言っても過言ではない位様々なタイプの泡盛が存在しているのです。

そもそも本島から数百キロという大阪と東京位離れた石垣島や宮古島で本島と同じ味の泡盛が作られるのはほぼあり得ないことで(日本酒の味が関東と関西で違うように)、泡盛と言っても別の性格を持ったお酒になっています。

そんな泡盛ですが、現在までで約7百年近い歴史を持つ大変歴史を持ったお酒と言われています。

今回はこの泡盛の誕生から原料に外国のお米を使う謎、そして現在に至るまでの泡盛の歴史を駆け足で紹介しました。この記事を読めばきっと泡盛の歴史を知り、泡盛を飲むのがまた一段とおいしく感じられるのではないでしょうか。

そもそも泡盛ってどんなお酒?歴史を知る前に覚えておきたい基礎知識


泡盛の名前の由来は諸説ありますが、一番有力な説が出来上がった泡盛を勢いよく注ぐと泡が盛られたように沢山出るということから来たという逸話です。他にも庶民は粟を使って作ったと話も由来と言われています。

作り方の特徴は蒸留酒という点です。黒麹をつかって作ったものを単式蒸留という技術で蒸留したお酒という点です。これは焼酎などに近い作り方と言えます。

味わいは、比較的すっきりしたものからどっしりしたもの、同じところで作っても保管方法を変えることによって味わいが変わるなど、一言で言うと大変多彩なお酒だと言えます。なので、それぞれの土地で泡盛を楽しむことができたり、違う保管で作られた泡盛を楽しんだりと常に新しい発見ができるお酒でもあります。

泡盛の歴史と起源


泡盛はもちろんですが、いきなり自然発生したのではなく、きちんとした起源があって泡盛となりました!

泡盛は蒸留酒と呼ばれる日本酒のように発酵させて作る醸造酒とは異なり、ウイスキーや焼酎に近い作り方となっています。この技術(単式蒸留)は東南アジアから14世紀後半から15世紀頃に貿易とともにもたらされ、このとき泡盛の原型となるお酒が誕生しました。

そして沖縄の機構に合わせたこうじ菌(黒麹菌)を導入し、沖縄の事情に合わせたお酒にすることで泡盛になって行ったのです。そして沖縄の特産品への成長させ、15世紀から19世紀まで、奉納品として中国と日本の権力者への贈り物としても用いられる位技術を高めていきました(日本本土には1612年に薩摩藩を経由して初めて贈られました)。

このように海外の技術をベースに沖縄で改良を加えられたものが泡盛です。

泡盛の歴史はタイ米から学ぶ?


泡盛では本土の日本酒と異なり、酒米と呼ばれる日本酒用の米ではなく海外から輸入した米(長細い長粒種、インディカ米)を使用します。なぜ、外国のお米をわざわざ使うのでしょうか。

工業製品にありがちなコストカットではない重要な理由があります。それは技術を最初にもたらしたのは現在のタイからであり、技術の親和性が高いことが挙げられます。

当然輸入米は現代でこそ安く手に入れられますが、中世から近世当時は高級品だったため、庶民向けの泡盛には沖縄のお米や粟などの雑穀を使用していました。それでも、泡盛の作業のしやすさ、温度管理のしやすさ、アルコール度数を調整しやすいという多くのメリットがタイ米などのインディカ米にあるため、大正から現在にかけては盛んに外国米が使用されているのです。

沖縄の悲しい歴史を今に語る泡盛


沖縄は第二次世界大戦中、日本で唯一の地上戦が行われました。多くの犠牲者が出て悲劇の歴史の舞台となった土地でもあります。

その悲劇は人だけではなく、泡盛も例外ではありませんでした。度重なる連合国側の攻撃により泡盛の醸造所が完全に破壊され、製造場所を失っただけでなく保管場所にもその手が及び、数百年物のくーす(古酒)がほぼ消失しました。

泡盛は貯蔵期間が長いほど上質になるとされ、現代であれば超一級品になるはずだった多くのくーすがこの世から消えたのです。これは泡盛にとって大きな悲劇でした。

ちなみに現在は150年物のくーすが存在するのみで、かつて戦前に存在した琉球王朝時代に仕込みがなされた200年物や300年物は現存しないと言われています。泡盛を通して、沖縄がたどってきた歴史を垣間見る事ができる貴重なお酒でもありますね。

悲しい歴史を乗り越えて、再びよみがえる沖縄県の泡盛【くーす(古酒)】


戦争が終わった後、沖縄の人々の復興とともに泡盛も復興に乗り出します。

新しい泡盛の製造場所の建設はもちろん、くーすの製造にも乗り出し、法律による品質基準の整備やくーすが出来上がるまでの運転資金を融資する経済的支援の整備、そして瓶、ステンレスタンク、ホーロータンク、甕、樽と様々な容器で熟成する手段の開発、更に近年では中国など海外に醸造所や保管場所を作り、現地でくーすを作る試みがされるなど、かつては存在しなかったまったく新しいくーすの歴史を戦後紡ぎ出しているのです。

このように戦争によって一度は途絶えた泡盛の歴史も泡盛の携わる人々の情熱や工夫、そして周囲の支援によってまた新たな歴史を現在も刻んでいます。

どんなに悲しくて辛い出来事があっても、沖縄の人々は伝統の泡盛と共に立ちあがってきました。そして、今ではハワイにも追いつくほど大人気の観光地となった沖縄県。同じ日本人として、沖縄の歴史に思いを馳せながら泡盛を今日の晩酌に選んでみるのはどうでしょう?

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