【ビール】発祥の地は小学校!?呑んべぇ必見ビール井戸を大調査!!

今回は、呑んべぇ編集部から歩いて約50分の場所にある、日本のビール産業発祥の地に、呑んべぇ編集部のあーちゃんが取材に行ってきましたよ!照り付ける炎天下のなかアップダウンの激しい横浜の坂道を超え…では、さっそくレポートです!

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【ビール】発祥の地は小学校!?呑んべぇ必見ビール井戸を大調査!!

日本のビール産業発祥の地は【横浜】だという事は、ビール好き呑んべぇさんの間でも意外と知られていません。さらに、その地が【小学校】だったなんて知っていますか!?

今回は、呑んべぇ編集部から歩いて約50分の場所にある、日本のビール産業発祥の地に、呑んべぇ編集部のあーちゃんが取材に行ってきましたよ!照り付ける炎天下のなかアップダウンの激しい横浜の坂道を超え…では、さっそくレポートです!

日本のビール産業発祥の地は横浜の【小学校】だった!?

皆さん、日本のビールの発祥地が横浜なのを御存知ですか?
現在の横浜市中区の閑静な住宅街に静かにたたずむ『キリン公園』を含む一帯に在ったのが、現在のキリンビール株式会社の元となったスプリング・ブルワリーと言うビール醸造場です。

日本のビール産業の発祥の地と呼ばれる跡地には、今は何と『小学校』が立っています。さらに、その小学校の中には、明治以前に清水を組むために使われていた井戸も今でも当時の姿を残しています。

『日本ビール産業の祖』 ウィリアム・コープランド

日本で初めて産業として継続的にビールを製造した「日本ビール産業の祖」といわれているのが、このスプリングバレー・ブルワリーを作ったウィリアム・コープランド(William Copeland、1834-1902/ノルウェー出身)さんです。

明治時代の初め、横浜を中心に、話題となったのがスプリングバレー・ブルワリーでつくられたビールでした。

日本で初めて継続的に醸造された商用ビールで、醸造者はなんと!ノルウェー出身のアメリカ人技師。はるか海を渡ってやってきて彼の作るビールに日本中が魅了されたのです。

天沼の湧水を用いたビールは、横浜在留の外国人たちに評判を得て東京や長崎など他の都市にも出荷され、やがて日本人にも飲まれるようになっていきました。

コープランドさんがが灯したビール産業の灯火、日本の食文化をより豊かなものへ変えていきました。スプリングバレー・ブルワリーの土地と建物は、日本在住の外国人経営の会社であるジャパン・ブルワリーに引き継がれ、このジャパン・ブルワリーによって、1888(明治21)年に「キリンビール」が発売されました。

日本のビール産業発祥の地『北方小学校』へ行ってみた!

呑んべぇ編集部から、スプリングバレー・ブルワリー跡地までは歩いて50分程度。歩いて50分…ちょっと遠いなぁっと思っていたところに、「あーちゃんいつ取材いくの?」とにたさんに詰められたので、とうとう思い腰を上げて取材に向かいました(笑)

まずは、呑んべぇ編集部から歩いて40分程度の元町・中華街駅へ向かいます。炎天下の7月に歩いて40分…結構キツイですよ(笑)しかも、横浜って無駄に坂が多いんですよ!しかもなだらかな坂じゃなくて、結構足腰鍛えられる系の坂なんですよ!その証拠に、横浜っこは足腰が強いので有名です!

元町・中華街駅に着いたら、山手西洋館を目指します。時間と、気候と、心に余裕があれば、港の見える丘公園を通ってお散歩するのも楽しいです。

横浜の港を眺めながら、「ここからビール文化が始まったのかぁ」なんて歴史に思いを馳せましょう。

っで、地元っ子の私はもちろんそんな時間がかかるルートは使いません。元町・中華街駅構内にある、エスカレータを使ってサクッと上ります。あーらくちん♪

エスカレータを一番上まで上り詰めると、アメリカ公園に出ます。ここから横浜外人墓地へ向かって歩いていきます。

じつは、ここ横浜外国人墓地には『日本ビール産業の祖』 ウィリアム・コープランドさんのお墓があります。キリンビール株式会社さんは、毎年コープランドさんのお墓参りをされているそうですよ!

ちなみに外人墓地は休日と祝日のみ見学できます。

いやーそれにしても、横浜の山手って日本じゃないみたいな西洋的な建物が本当に素敵なんですよ。

まるで、ヨーロッパですよね。

なんですかねーやっぱり横浜っておしゃれですよね。

ちなみに私は、生まれも育ちも横浜のバリバリのハマッコです(笑)

てくてくと歩いていくと、『えの木低』が見えてきます。その突き当りを左に曲がり坂を下っていきましょう。エリスマン亭とは逆の道ですね。

もぉここまで来ると、ガチの住宅街です。だんだん不安になってくるぐらい住宅街ですが、勇気を出してそのまま坂をまっすぐ下ってください。

坂を下りきると、見えてきましたね!『北方小学校』!!!

ここら辺一帯が、日本のビール産業発祥の地の跡地です!ふー。やっと着いた!

坂を下りきったら、まずは北方小学校を見ながら左側に進んでみましょう。そこにあるのが『ビール井戸』!

え!?ビールが湧き出る井戸!?っと思ったあなた…呑んべぇですね(笑)残念ながらビールは湧き出ませんよ!

この井戸は1895(明治28)年から7年間ビール作りに使われました。 当時はこの地に清水が湧き出でており、この井戸水を使ってビールが作られていたそうです。明治40年キリンビールはこの施設を譲り受けましたが関東大震災で倒壊してしまい、今は生麦に新工場を再建しています。

それにしても、この井戸、北方小学校の敷地内にあって鉄格子を挟んで見学できるのですが…アラサー女子が鉄格子ごしに一眼レフで小学校の中の写真を撮る…けっこうやばいです。マジで不審者に間違われる5秒前です。近所の人が若干ちらちらと私の事を気にしているのを横目で感じながら急いで写真を撮りました(笑)

ビール井戸の見学が終わったら、次に向かうのは『キリン公園』です。ビール井戸を正面に見て、右に北方小学校沿いを歩いていくと見えるのが『キリン公園』です。

本当にただの公園なんです。とってもちっちゃくて子供が遊具であそんでいたり、

地元の人が犬の散歩をしたりしています。

はい。ひょっこり。

ただし、そんなローカルな雰囲気の公園に一つだけ異様な雰囲気を放つ物があるんです…

はい、これ。ドーン!!!

存在感がやばい!!相当、すごいことがここで起こったんだな!!って思いますよね(笑)これは、麒麟麦酒開源記念碑

安政五年徳川幕府が獨断専行して國を開くや歐米人續々として横濱に来りしが彼等は居留地と稱せらるゝ一區域の中に居住す天沼は此居留地に属し草斜に連り高木短樹其間を點綴し清泉滾々として崖下に湧き氣清く風軟かに一幅春園の畫の如し明治五年米人ダブリウ・コープランド…なんて、長々と書いてありますが、要するに「ここで日本のビール産業が花開いたすごい場所なんだぞ!」って事です(笑)

その横にあるのが麒麟麦酒開源記念碑。この説明版はレンガで固定されています。

実は、このレンガはキリンビール山手工場から掘り起こされたものなのです!なんか趣があるなぁって思ってたんですよねー!

さらにブランコの後ろっかわには、「文化遺蹟 日本最初の麦酒工場」と書かれた石碑もありました。文化遺蹟…ハマッコとしては鼻が高いですね!

跡地一体は20分もあれば、十分見学できます。…が!!!ビール好き呑んべぇさんからは「死ぬ前に一度は行っておきたい場所!」「ビール好きとして来て本当によかった!」と感動の声が上がっています(笑)

横浜観光の際には、ぜひビールの歴史を感じに足を運んでみてはいかがでしょうか?

本当にガチ住宅街なので、くれぐれも地元民の方に迷惑は掛からないように見学してくださいね。

情熱の意志を継ぐ【横浜】のクラフトビール【SVB YOKOHAMA】

日本人の口に合うビールを作りたい!ウィリアム・コープランドの情熱と意志を受け継いだクラフトビールを、日本のビール発祥の地【横浜】で味わってみませんか?

SVB YOKOHAMA(スプリングバレーブルワリー横浜)

住所:神奈川県横浜市鶴見区生麦1-17-1
TEL:045-503-8250
営業時間:11:00~22:00(L.O.21:15)
※定休日:月曜日(祝日は営業します)年末年始、臨時休業あり
☎ 045-506-3017(予約以外のお問い合わせ) FAX 045-506-3019 [ 座席数 ] 176席(1階: 112席、2階: 28席、テラス: 36席)

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